20100216

090216

久々に写真が手に入った。
ボーケオのフェイサイの村からソンテオで帰るワタシ。
写真ありがとう。

このソンテオがこの後、地獄の道をたどることになるとは。
同乗していたのはラオラオを瓶でラッパ飲みのカム族の労働者。
タバコ(?)と民族の歌大合唱の中、山道を恐ろしく
のろいスピードで町へ向かうのでした。

そう。サムヌアに戻った。明日、ルアンパパンに発つ。
郊外の村の工房で織物しながら、働けることになった。
本当に縁と出会いに感謝してもしきれない。
これから返していけるように。

20100212

100212

今ルアンプラバン。
美しい、観光化された古都と、悠久のメコンの街。

今月の移動距離はハンパない。
縁と出会いに支えられ導かれ、まだまだ流浪。
サムヌア~ルアン~フェイサイ~チェンコン(タイ)~ウドムサイ~ルアン
週明けにはポンサワン。
でもサムヌアに、帰るといえる場所があることにほっとする。

20100114

140110

この数日。異常な寒さが続く。
標高1200メートルのここサムヌア。
3日間15度以上に気温が上がっていない。朝晩は10度のときも。

窓があっても閉まらない、隙間風だらけのラオスの家は
部屋の中も外気と変わらず。
ドアの無い家もあるし、有っても閉める習慣は無いから
まさに外。暖房器具はもちろんなし。

こんな日はどの家々も、家族で居間に集まり、
カオニャオを炊く練炭を囲み、一日おしゃべりして過ごす。
(外気吹き抜けだから自殺しちゃう可能性は有りません)

で6時過ぎに陽が落ち真っ暗になる頃、
ラオラオ(ラオス酒45度以上)をまわし飲み始め
流行の音楽が大音量でかかり出し、踊ることになる。
っていっても歌謡曲的なリズムにただ立ってゆらゆらするだけ。
いとしすぎる。

ここにちょっとずつ慣れていく。
ここの人々の暮らし、考え方、価値観、コミュニティ主義のこと
まだまだだけど、こうして日がな一日一緒にいて、
もっと分かりたいと思う。
言葉や暮らしというのはそのあとをついてくるのかな。
気候とは逆に、穏やかな気持ちで暮らしている。

3ヶ月、この時点で振り返っただけで
言葉にできない思い、数々の出来事、いろんな人。
嫌なこともされる、理不尽な扱いも、差別も、誤解も、うそも、
数えたくないくらいある。
それでも一方でこの国に、この人達に助けられ、
愛されて、救われたことも数知れない。

そう、好きだけでは暮らせないことは良く分かった。
でも、まず好きでなければ暮らしていけない。
そしてやっぱりワタシここが好きだ。
今、ここにこれたこれまですべてのことも、
全部含めて好きだって言えるようになった。

これからも、ここで1人の外人、そして日本人として生きていきたい。

20100105

100105

サバイディー ピーマイ

年末年始は日本から来てくれた友人とポンサワンで飲んだくれ。
久々に日本酒や温泉や、日本語の毒舌トーク。楽しかったね!

ちょっと落ち着いた@サムヌア山間の静かな町。
今年も少しづつね、前向いて歩いていきます。

20091220

091220

明日出発します
ここで会えた人たち、出来事に感謝して。

北部へ。ポンサワンからサムヌアへ。
サムヌアに住んでみます。
何がまた起こるのか、起こすのか。

20091206

091206

興味深い、良い出会いがあった。

この1週間ばかし南に布を見がてら旅をしていた。
最終日のVCNに戻るバス(まあいつもの10時間超え長距離)

40代くらいのラオ人と思われるカップル。
男性は英語で近くに座ったBPと話していた。
休憩のときワタシがイスラエル人BPの子としゃべっていたら
メンタマ飛び出させてこっちにきて
「北部の少数民族なのに英語が上手い!!!」
と言ってきた。。
あのーラオじゃないです。日本人です。
またまた仰天していたけど。

そんなこんなでなんだか話してたら
ラオス語がちょっとおかしい。
聞いたら実は37年ぶりの帰国だという。
そう、74年の革命の年
新政府を恐れ家族とともにフランスへ逃げたのだと
小さな声で話してくれた。

そしてフランスで教育を受け、ベトナム人と結婚し
やっと、生まれた国に帰ってきたのだという。

深夜のバスだったからあまり話さなかったけど
宿を同じGHに紹介して、今からビールを飲みにいってくる。

外国であるここに永住を決め込んだワタシと
帰りたくても帰れなかったし、
もう言葉忘れかけ、環境も変わってしまった生まれた国に戻ってきた彼。

時代は変わっていくかもしれないけど
それぞれの人生の、それぞれの心を見ている気がしてる。

20091127

091127

プランが少し変わったのでちょっとまとめてみる。

最初に考えた、ラオス国立大学のラオス語学科は高すぎたよ。
8ヵ月で500ドル位+学生ビザ代が200ドル。
それとワタシは一応読み書きは出来るので、
必要なのは 会話力、単語。これは実際しゃべって覚えていくしかないということ。

これからどうするかってこと、
いろんな人にここに住み続けること、織物とハンディクラフトをやりたいと言い続けて。
実際には暇な時間で(暇しかない)ニットやコットンで小物たちを作っている。
少しずつだけど、声をかけて貰えるようになってきた。
サラワンのjaica、バンビエンの村、
でも何もなくても大好きなサムヌアにとにかく住んじゃおうと思っている。
1月には移動。

ビエンチャンの匂い。
ディーゼルのげっぷと、赤土のホコリ 。
中国料理のオイスターソース。

なんだかとても長くここに居た気がする。