20110924

110924

今年の雨季はひどいようだ。
洪水がこの2週間で2回、シェムリアップ市内の東側半分が冠水。
道路は川。お店や家は水の中。
うちは2階なのでまだ大丈夫だが、トイレの水が逆流してるし
徒歩で外に出ようにも、玄関から門まで1m浸水だし。

それでも、道路だった川に投網して漁したり、
橋から飛び込んで遊んでたり、そのまま洗車してたり。
ふつーに過ぎてるここの人達の時間を見てると
なんかたいしたこともないような気になってくるが

いや、恐らく下水道、町のごみも混ざった濃い黄土色の水の危なさ。
水が引きかけた時の悪臭のひどさ、これはいかんでしょ。
実際アタシの足にあった傷は化膿した。DMのなんかに噛まれた傷は
ずっと痒いと言っている。

やっぱり嫌だな、と思う。
少なくとも、町の反対側に引っ越すかな。

20110907

110907

書きかけだった日記があったのを今気づいた。

これは洪水前、よく晴れた日曜日に、DMと西バライ(West Baray)という、アンコールの時代の人口貯水池へ遊びに行ったのだ。水はパバンのクアンシーなんかとは比べ物にもならないほど濁っているが、泳ぐのはとても好きだから楽しかった。ビール飲んで焼き鳥食べて、日焼けしすぎて真っ赤になった。

この数日後に大洪水になろうとは思ってもいなかった。
乾季になって欲しい。

20110902

110902

人生の分岐点、あなたのターニングポイントはなんですか。

先週、そういうインタビューを受けた。
外国で働く日本女性にインタビューをして、実際の声を集める企画だそう。
改めて、自分のことを今まで振り返って聞かれるとその時々の行動や出来事、
それに付随する感情をうまく言葉に出来ないもんだなと思った。

偶然だが、先月、うちのボスも同じテーマで日本の雑誌から執筆依頼を受けて原稿を書いていた。
その分岐点は1980年、ワタシのうまれた年。それから30年、この東南アジアで生きて、
しかもなんだかものすごいことをやっている。
ワタシは、自分の生きてきた軌跡を振り返り、コトバにするのにあと30年はかかる気がする。
ただ、その時その時、出来ることを、本当にひたすらやってきた。
不思議なものでそれをやりきると、また別の道につながる。そうやってここまで来た。
それからワタシは運がいいんだと思う。これは親に感謝ね、生命力しかり。
たくさんの良い出会いと人に恵まれている。
で。結局まだワタシには分岐点は来てないのか、気づいてないのか。。
あ、多分ラオに移住してから、今まで以上に勘や、引き込む縁が強くなっている気もするけども。。
とにかく、今日も必死。