20110120

110120

北の国から、優しい写真が届きました。
あの雪山の日々から8年も経った。
あの日毎日一緒に雪まみれになって、笑い転げてた友人達。
時が経って、今暮らす土地は離れて遠くても、
みんな相変わらず好きなことして、人生楽しんで、
でもって真剣に生きてるんだなーって、
うれしくなったし、元気をもらいました。
ありがとー!

20110118

110118

勉強のこと。

中国語を習い始めた。
ラオでもここでも思うこと。その中国パワー。
その良し悪しに関しては、ここでつぶやくことではないけど、
とにかく、この先もずっとこの東南アジアの片隅で生きるためには
中国語は絶対にあって損の無いスキルであることは間違いない。
ということで、クメール語をさておき(だってこの町、英語が普通に通じます)
土日の夜は学校。中国語に没頭し始めました。

でも新しいことを覚える、勉強するっていうのは、楽しい。
今の仕事に関しても、クメールシルク、その織り、絣、染色。
知れば知るほど深くなっていくの?

濃い日々。でも疲れたら休みます。
あせらず。さぼらず。

20110117

110117

ルアンパバンでは、在住外国人も少なく
ワタシもアパートにしっぽりはまり込んでいたので
あまり新しい人に会う機会が少なかった。
ここシェムリに来て、在住者は軽くパバンの100倍以上は居て
仕事でも、自営業、ホテル勤務、もちろん観光客含め、再び日々たくさんの人に会うようになった。
その分、ワタシ自身がしっかりやってないといけない、気の抜けないことも有るけど、
素敵な人たちに会って、パワーをもらったり、励まされることが多い。
特に、同世代の女性達には友人としてももちろん、
その心意気にリスペクトできる人たちが多い。
これは日本でも同じかな。
ワタシもそういうパワーを人に伝えられるように生きたい。
これからも、たくさんの人に会いたい。

20110106

110106

アンコール遺跡に昇る初日の出を見た。
湧き上がるようなパワーをもらって、1年の始まりを感じた。

シェムリでの生活も1ヶ月が過ぎようとしている。

カンボジアとラオ。
まったく違う文化、人、国の体制(当たり前か)。
まあこの国のほうが圧倒的に外国人にとって住みやすいんだと思う。


皮肉なもんで、あんなに愛した国ではやりたかったことが出来ず、
むしろ苦手であったこの場所で、それが叶いそうだなんて。

今年もまた、予想もつかないような出来事がたくさん起こるだろうな。

20101218

101218

ジェットコースターのような日々。
旅行で来た、ここシェムリアップ@カンボジアで
クメールシルク絣織りの復興をされている方の下で
勉強とお手伝いが出来ることになりそうだ。
これも縁と運と、友達の心のおかげで。
感謝してもしきれない。

あれだけラオでやりたくて出来なかったことが
友人の誘いでたまたま訪れたこの土地でさっくっとやってくるとは。
そんなわけで、ラオにも帰らずシェムリ滞在1週間が過ぎてしまった。
一時帰宅を1月正月明けにして、それまでここに居る。
ってわけで、来月はお隣カンボジアに引っ越します。

多分1年以上はここに居させて頂くことになる。
ここで学んだ事を、しっかり覚え、考えて
次のステップとして、ラオに戻って、自分で出来るように、
目標を持って動いていこうと思う。

生きてるって面白すぎる。

20101128

101128

空芯菜の花が庭中に咲いている。
美味しいのよね~。朝顔みたいな花。
週2,3は空芯菜炒めを食べてる笑。

来月は久々にバックパッカー気分で1ヶ月程パバンを離れる。
タイ、カンボジア、南ラオ。
各所でお友達に再会予定ですごく楽しみ。

20101115

101115


結婚式貧乏な最近。
さあさあ、オークパンサー明け。
これから結婚式ラッシュ。
週1ペースで招待状を持ってやってくる友人知人達よ。
ほんとに仲良いならいいんだけど、
誰でも彼でも呼ぶのはどうなんだ。
しかも貰ったらほぼ断れない感じ。
で、招待状をもらった人はその封筒にお金を入れて持っていく。
入れる金額はかなり幅があって親しい人には何十万キップって入れるみたいだけど、
個人的には普通5万でいいかなと思っている。
日本と一緒で、昼からやる結婚式=バーシーと、夜の披露宴の2部制。
相当親しい人以外は、夜の披露宴のみ行くことになる。
見栄っ張りのラオ人。
招待状、披露宴の規模、その家の財政や力具合が露見する。。
会場でもそんな噂話になってたりするからおっかない。
まあいいけどさ。めでたいことには変わりは無い。