世界遺産の寺院で夕暮れ、日本の能を鑑賞できるという。
早速、入場券を手に入れて、楽しみにしている。
バイヨン寺院という4面の顔を持つ塔が並び立つ、
アンコール時代の遺跡。
そこで日本の伝統芸能なんて、素敵ではないですか。
ええ、チケットにはなんて書いてあるのかさっぱり分かりませんが
ちょっとおしゃれをして、DMと一緒に行きます。
すごくすごく良いことも、すごくすごく悪いことも、 ずっとずっと続くことはない。
20111013
111013
本当に嫌だが、汚い洪水の中、買い物に行かなくてはならないので行くわけ。歩いて水の中。
で、市場の脇で、歩いて屋台押しながら焼き鳥売ってる人と、
その隣でサカナ網を投げてサカナ捕ってる人を見て。
なんか、「泳げタイヤキくん」の歌が浮かんできた。
屋台の板の上から焼き鳥が水ん中に落ちたら、タイヤキくんの世界になるでしょう。
だからブツブツ歌ってたら、DMが何の歌かと聞く。
ラオ語で泳げタイヤキくんのシュールさを伝えられず、つまんない説明になったであろうが
「海みたいかも」と笑っているDMを見て、ワタシは幸せなんだろうと思った。
だからといって、明日どうなるかっていう現状の打開にはならないが。
友人いわく、自分と同じように大切だと思える人と一緒に居られるのは嬉しいことね。
今から引越しの準備。
で、市場の脇で、歩いて屋台押しながら焼き鳥売ってる人と、
その隣でサカナ網を投げてサカナ捕ってる人を見て。
なんか、「泳げタイヤキくん」の歌が浮かんできた。
屋台の板の上から焼き鳥が水ん中に落ちたら、タイヤキくんの世界になるでしょう。
だからブツブツ歌ってたら、DMが何の歌かと聞く。
ラオ語で泳げタイヤキくんのシュールさを伝えられず、つまんない説明になったであろうが
「海みたいかも」と笑っているDMを見て、ワタシは幸せなんだろうと思った。
だからといって、明日どうなるかっていう現状の打開にはならないが。
友人いわく、自分と同じように大切だと思える人と一緒に居られるのは嬉しいことね。
今から引越しの準備。
20111012
20111008
20110924
110924
今年の雨季はひどいようだ。
洪水がこの2週間で2回、シェムリアップ市内の東側半分が冠水。
道路は川。お店や家は水の中。
うちは2階なのでまだ大丈夫だが、トイレの水が逆流してるし
徒歩で外に出ようにも、玄関から門まで1m浸水だし。
それでも、道路だった川に投網して漁したり、
橋から飛び込んで遊んでたり、そのまま洗車してたり。
ふつーに過ぎてるここの人達の時間を見てると
なんかたいしたこともないような気になってくるが
いや、恐らく下水道、町のごみも混ざった濃い黄土色の水の危なさ。
水が引きかけた時の悪臭のひどさ、これはいかんでしょ。
実際アタシの足にあった傷は化膿した。DMのなんかに噛まれた傷は
ずっと痒いと言っている。
やっぱり嫌だな、と思う。
少なくとも、町の反対側に引っ越すかな。
洪水がこの2週間で2回、シェムリアップ市内の東側半分が冠水。
道路は川。お店や家は水の中。
うちは2階なのでまだ大丈夫だが、トイレの水が逆流してるし
徒歩で外に出ようにも、玄関から門まで1m浸水だし。
それでも、道路だった川に投網して漁したり、
橋から飛び込んで遊んでたり、そのまま洗車してたり。
ふつーに過ぎてるここの人達の時間を見てると
なんかたいしたこともないような気になってくるが
いや、恐らく下水道、町のごみも混ざった濃い黄土色の水の危なさ。
水が引きかけた時の悪臭のひどさ、これはいかんでしょ。
実際アタシの足にあった傷は化膿した。DMのなんかに噛まれた傷は
ずっと痒いと言っている。
やっぱり嫌だな、と思う。
少なくとも、町の反対側に引っ越すかな。
20110907
20110902
110902
人生の分岐点、あなたのターニングポイントはなんですか。
先週、そういうインタビューを受けた。
外国で働く日本女性にインタビューをして、実際の声を集める企画だそう。
改めて、自分のことを今まで振り返って聞かれるとその時々の行動や出来事、
それに付随する感情をうまく言葉に出来ないもんだなと思った。
偶然だが、先月、うちのボスも同じテーマで日本の雑誌から執筆依頼を受けて原稿を書いていた。
その分岐点は1980年、ワタシのうまれた年。それから30年、この東南アジアで生きて、
しかもなんだかものすごいことをやっている。
ワタシは、自分の生きてきた軌跡を振り返り、コトバにするのにあと30年はかかる気がする。
ただ、その時その時、出来ることを、本当にひたすらやってきた。
不思議なものでそれをやりきると、また別の道につながる。そうやってここまで来た。
それからワタシは運がいいんだと思う。これは親に感謝ね、生命力しかり。
たくさんの良い出会いと人に恵まれている。
で。結局まだワタシには分岐点は来てないのか、気づいてないのか。。
あ、多分ラオに移住してから、今まで以上に勘や、引き込む縁が強くなっている気もするけども。。
とにかく、今日も必死。
先週、そういうインタビューを受けた。
外国で働く日本女性にインタビューをして、実際の声を集める企画だそう。
改めて、自分のことを今まで振り返って聞かれるとその時々の行動や出来事、
それに付随する感情をうまく言葉に出来ないもんだなと思った。
偶然だが、先月、うちのボスも同じテーマで日本の雑誌から執筆依頼を受けて原稿を書いていた。
その分岐点は1980年、ワタシのうまれた年。それから30年、この東南アジアで生きて、
しかもなんだかものすごいことをやっている。
ワタシは、自分の生きてきた軌跡を振り返り、コトバにするのにあと30年はかかる気がする。
ただ、その時その時、出来ることを、本当にひたすらやってきた。
不思議なものでそれをやりきると、また別の道につながる。そうやってここまで来た。
それからワタシは運がいいんだと思う。これは親に感謝ね、生命力しかり。
たくさんの良い出会いと人に恵まれている。
で。結局まだワタシには分岐点は来てないのか、気づいてないのか。。
あ、多分ラオに移住してから、今まで以上に勘や、引き込む縁が強くなっている気もするけども。。
とにかく、今日も必死。
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