20150302

20150302

※この記事も書きかけのまま放置でした。。

 昨年クリスマスに新しい店始めました。昼はカフェ、夜は居酒屋、という。
気軽に一人でも飲みに行きたいなー、という店が少ないのと、やっぱり日本の居酒屋メニューってワタシも食べたい、、というのがきっかけで。
いままでのオーダー服と雑貨屋も継続しつつなので、今まで一人で頑張ってたことをさらに倍速しかも同クオリティで走り抜ける、という日本のサラリーマン時代を彷彿させる激務の日々。
1か月で5キロ近く痩せました、、w ラッキー。
まだまだ大変なのだけれど、おもしろいなあと思う。
そして娘メコンは1歳9か月で、幼稚園に通いだした。店周辺は繁華街で子供がいないので、お友達がいない子になりそうだったこと、もうオムツも取れて、自我も出てきたので、集団生活もやってみようー!というわけ。
インターナショナル幼稚園なので、むすめにとっては日ラオカンボに英語での時間も加わって、あらあら大変,,,どうなることか。

ともあれ、新しい世界への第1歩!!
楽しく過ごせますように。
 

20141206

20141206

※この記事は当時書きかけたまま、
多忙により忘れ去られておりました。
1年以上経た今公開ww

アマタをはじめて3年が経ち、シェムリアップの中心部の状況も随分変わったなあと思う。
新しい店が続々オープンし、古い店が高騰する家賃についていけずどんどん撤退、離れた場所に移転していく。
アマタは今年で8年目。
昔の資料を見るに、現在の家賃は開店当初の約5倍。。厳しい状況。
それでも国内外からオーダーしてくれるお客様も居て、やっぱりがんばりたいな、と思う。

シェムリアップ(カンボジア全体かしら)、現在土地バブル。そして多くの外国人が新しい商売を求めて集まる。ただ同然だった土地に建てた建物はいまや月数千ドルの家賃収入になり、大家のカンボジア人は金で狂ってる。

とにかく、観光客の多いハイシーズンといわれる時期。アマタはとりあえずこのまま頑張ってみようと思う。
そして。ほんとに今日昨日の話だけど、新しい動きをした。
このボロ屋、、、さあてどんな風に改装できるかな。
中心より5分少し離れるだけで家賃5分の1!!!
壁作ったり、壊したり、水道も電気の配線も全部やり直し。
大変そうだけど、すごく面白い。

ここで居酒屋でもやってみようかと。
思い立ったわけです。



20140813

20140813

メコン1歳4ヶ月。おっぱいやめましたw

ちょうど1歳くらいで歩いたなあ、、と思ったら
あっという間にすらりとして、赤ちゃんから幼児になっていましたw

もうある程度なんでも食べられるようになっていて、
寝るときだけおっぱいしてたのですが、
そろそろいいだろうという(ママの勝手な判断)で決意。

その1晩は大泣き、ベッド中をのたうちまわってまあそれは大変でした。。
DMはおろおろし、抱きかかえて水飲ませようとしたり、
しまいには、もうおっぱいあげなさいよー!!と。
それはいかん。メコンが混乱するだけ。

と、大変な騒ぎでしたが。
それはその晩だけで、翌日からは若干ぐずるものの、
「パイパイ!!」と言う事もせず(何かに耐えるような顔を見せることもあるが)
朝まで眠ってくれるようになりました。

驚きは、メコンがものすごーく食べるようになったこと。
ワタシが全くおなかが空かなくなったこと。
おっぱいってすごい栄養があると同時に、ママの負担も大きいのね。。実感。

さてさて、これからどんどん個性が出てきて、面白くなるでしょう。
まあ病気もせず、とくに今のところアレルギーもなさそうで、
健康であることが一番嬉しいですわー。

20140703

20140702



数年ぶりに、東南アジア圏を脱出してきました。
南太平洋の楽園、モルディブ。

青い海、、は正直シアヌークビル沖の離島や、沖縄の離島のほうがきれいだと思ったけど。
リゾートのその雰囲気がまさに楽園。

ほんとは水上ビラからドボーン、をしたかったんだけど、
娘が12歳未満ということで、安全上の理由で宿泊できなかった。。
それでもビーチに立つコテージもよかった。




ナンプラーや米麺の無い文化圏、っていうのが新鮮だったりww
インターネットもあえて使わなかった1週間はよかった。

久しぶりのスノーケルw沖縄にいた頃を思い出したり。



1年に一回くらい、家族でリゾートいけるようにがんばろーっと。 

20140413

140412

また乾季が終わろうとしている。

メコンは無事病気も無く1歳過ぎて、
よたよた歩く、いろんな言葉を発して周りを巻き込んで楽しくやっている。

今年もローシーズン、と呼ばれるものすごーくお客さんのいない時期になって。
観光客で経済が成り立っているといっても過言で無いこのシェムリアップはひさーん。
店も暇すぎでいろいろ考えるところはあるのだが。

メコンの学校についてが一番答えが出ないなあ。
そもそも、あと5,6年後にどこにいるのかって言われたら断言できないんだけど。

ワタシはメコンに思うのです。
将来何になるか、は何でもいいと思う。
彼女が自分で考えて、自分の行動に責任を持って、信じた道をまっすぐ生きてほしい。

ワタシは何があっても一生彼女の味方で愛を注ぎ続けるつもりだけど。
それは一方的な親の愛であって、どうやって生きていくかは自分次第でしょう。
彼女には彼女の人生を、しっかり歩いてほしいと思う。

そんなに難しいことではないと思うんだけど、
自由で自立した考えを持つことには、とりまく環境も大事だと思う。
そういう意味でワタシはワタシにとってとても良い学校に通わせてもらい、
いい友人に恵まれ、ある意味その母校の精神や教育理念そのままに、
育ったのかもしれないがw それでもあの学校に行ったことを誇りに思うし、
それが基本になって、ワタシは面白い人生を生きることができているとも思う。

メコンの1日の大半を過ごすであろう学校。

この国の教育についてもう少し調べなきゃいけないのはそうなんだけど、
日本人学校は無いこの場所で(あっても入れるかどうかは分からんが)
インターナショナルといわれる学校。
掛かるお金は日本の私立と同じくらいだとしても、
果たしてそれだけの価値があるんだろうか。
友人や先生の考え方、環境。
やっぱりワタシの母校に入れたい、、、のは正直な思い。

が、ワタシは今のところ好きなことが出来ているこの場所から
動くつもりは無いわけで、、
となると、メコンだけ日本?そうすると家族ばらばらも悲しいなと思う。

こんな同道めぐりをしている今日この頃。

自分のことだけなら何も迷うことも無かったワタシ。
自分の決めたことでどうなろうともそれは自分のせいで、すごく分かりやすかった。
でも、メコンという一人の人間の人生を左右するかもしれないこと、
これはワタシの人生で初の悩みというか、どうにも答えの出ない、
おそらく正解も無い、問いなんだと思う。

今日も暑くてお正月前の浮き足立った街で、なんだか呆然としてる。






20131023

131023


このブログを始めた4年前から比べると、通信手段が確実にレベルアップして。
PCはもちろんだけど、スマートフォンなるものでFBやライン、ツイッター、SKYP。
日常的に友人達とコンタクトが出来るようになった今、こうしてブログで書きたいな、と思うことが少なくなっていると思う。
ワタシの場合、ここで書くことで日本の友人と繋がれる、というのがそもそもの始めたきっかけなわけで、日常的にコンタクトが取れる今、あまりブログの更新もしなくなった、、というわけ。自分の記録なので、止める気も無いけども、多分更新の頻度はさらに下がるのではないかと思う。

シェムリアップで、メコンは6ヶ月半。お座りが出来て、「まんまー」などと音を発するようになった。
自我も出てきて、抱っこ大好き、一人で座りたくないときはイナバウアーごとき、のけぞって抵抗を見せる、など将来のじゃじゃ馬ぶりが楽しみな今日この頃w

先日同じくBKKで出産された友人の長男くん(1ヵ月半)を訪ねて、同じ在住の友人とその女の子(2歳)と行ってきた。並べるとメコンも大きく見えるので成長したなあーと思う。
それでも6.2キロと平均より小さいのだが、同い年のアメリカ人の子供(9キロ!!)などが居るのでほんといろいろだなと楽しい。

今年雨季は大雨だったけど、シェムリ街中は洪水になることも無くほっとして乾季の訪れを待っているのだが、町を避けるように工事された水は行き場をなくし、郊外の農村地帯になだれ込み、収穫前の稲を水浸しに、、農家は大損害。本当に、全体を見て開発計画を立てて欲しい。

そうだ、来月またBKKラオ行きます。




20130820

130820


お盆の忙しさも過ぎ、落ち着き始めてしまったこの町で。

メコン(うちのむすめのラオ名)は、4ヶ月経って。おもちゃを握ったり、歌ったり?楽しいです。
本当は予防接種にプノンペンに行きたいところだったんだけど。
今日は例の怒涛のカンボジア選挙結果を受け、プノンペンで大規模デモがあるとかないとか、、
数日前からいろんな話が飛び交っており、一応むすめの安全を考えて止めました。

シェムリで無料で受けられる施設もあるのですが、、この記事でちらっと書いたように、出来るだけリスクは減らしておきたいな、と思う親心。
なので来月早々にもBKKでやろうと思います。

ワタシはというと。
あぐらがかけなくなって、左の足が痛み出し。
産後の骨盤がきちんと戻っていないらしく、整体に通いながら、友人に骨盤ベルトを送ってもらうという大失態になっております。
友人の忠告もあった、きちんとやっておけばよかったのに、時間と金の無駄です、はい。

先日日本からまた友人がやってきてくれて、
大量の絵本やおもちゃ、ビールなど。
本当にありがたく、一緒に飲みまくった嬉しい3日間でした。




友達っていいなーと本当に思う。
年をとって、知人の数は増えていくけど、あの頃のような友人はなかなか出来ないし、ましてや、数じゃない、質だなあ、としみじみ思う。

メコンにも、そういう友人を是非見つけて、彼らと人生を楽しんで欲しいなあと思う。




20130726

130725


このハエ除けネットのようなもの。子供用の蚊帳。
南の国でいろんな病気があるにしろ、一番身近で何が怖いかって、デング熱だと思う。蚊、蚊、蚊。
娘も産まれてすぐから、やはりどんなに気を付けていても蚊に刺されるのだ、、
で、蚊よけ対策に店の1階にベッドを導入し、この蚊帳をカパっとかぶせております。
夜は寝室でワタシたちと蚊帳の中。これでほとんど刺されなくなったが、
今朝。寝起きで蚊帳あけておむつ替えてたわずか1分でおまたを刺されてた、、すまぬ、娘よ。

今月は徐々に観光客も増えだして、店も忙しくなりつつある。
うれしいことです。




20130626

130625

ずいぶん間が空いてしまったけど、、みんな元気。
子供のビザやら予防注射やらとバタバタしていた。

もう5キロにもなろうかという成長ぶりで、健康で、何よりだと思う。
そしておもしろいなあとほんとに思う。

最近は雨季に入り、ローシーズンと呼ばれる観光客の少ない時期。
お店も大変だけど、暇な時期に新しいデザインなども考えつつ。
子守はDMとうちのスタッフ達がせっせと、、なんてありがたい環境だろうと思う。

予防注射が、、ワクチン保存冷蔵庫の問題(停電時の病院のバックアップ機能に不安あり)などで、プノンペンに行ったり、次回はバンコクか、とか。。

まあ医療面の不安が解消されることは無いと思われるが、、
東南アジアの子、丈夫な子に育ってくれると願うw

20130413

130413

今日からラオではピーマイ、カンボジアではチョールチュナムクマエ、タイではソンクラン。
まあお正月です。

今はバンコクの友人宅で産後休養中。
先週4月6日の午前3時前、子供が産まれました。
アタマがでかいと言われてたけど、実際は普通で、帝王切開にもなることなく、

2670gと少しちいさいけど元気で五体満足で産まれてくれてほっとしてる。


振り返ると、人生で一番長い10ヶ月だった。
つわりが全くなく、元気なワタシはほぼ毎月のように仕事で長距離バスを乗り継いで、
カンボジア国内、タイ、ラオスと移動しまくり、挙句は海で素もぐり、シュノーケルまでしていたという。
それでも、なんの問題もなくお腹の中ですくすく育ち、予定日より6日早いものの、小さく産みやすいように出てきてくれた(のか?)。
この子の生命力、運って、とても強いものがあるのではないかと思う。
ちなみに生まれた4月6日はDMと同じ誕生日、これも縁なのかしら。

出産自体は、一切の麻酔や薬を使うこともなく、約8時間の普通出産。
人いわくそれは安産というらしいのだが、、
にょーーーー!!陣痛の痛いのなんのってほんとにまあ。
気が狂うか失いたかったけどそんなに人間やわじゃないらしい。
ワタシにとって、あれは1度経験したらもう2度とごめんだ。いきむだけでトラウマになった。

2泊3日の入院から明けて8日に家に戻ってきた。
DMは、ワタシには母乳あげる他はなるべく休めるようにしてくれていて。
買い物、料理、掃除洗濯、夜中の授乳(昼間ストックしておくのだ、ワタシは寝てる)
ちょっとした専業主婦より働いているDMはえらい。ありがとね。

お世話にになった病院はPaolo Memorial Nawamin で、満足は100%だと言える。
検診から出産、産後までの感想は追々、書こうかなーと思っている。

あと妊娠で10キロ増えた体重は出産後、2キロしか減っていなかった。
母乳でおっぱいはパンパンで、お腹も7ヶ月くらいの大きさ、
(中身はないのでやわらかいけどまたそれがぶよぶよしていて泣けるのだ)はあった。
1週間経って、マイナス3キロ。あと5キロはどのように消えていくのか。
ただ、100%母乳で育てようと思っているので、ダイエットなどは出来ない、そしてお腹がすくのだ。
自然に落ちると医者は言うけど、要観察。

あと今のミッションは、子供の戸籍作成が進行中で、
その後スポート作成が終われば、シェムリに帰ります。

今日はVTEから友人が遊びに来てくれるので楽しみに待っているとこ。




20130329

130329

バンコク来て1週間。結局生地の買い付けやら何やらで忙しくしてた。
昨日でやるべき用事はすべて終わったので、あとは予定日12日まで2週間ずるずるするのだ。

なんでかこっちに来てから夜眠れない日が続く。

お腹は限界的に大きいし、子供は良く動くし、
バンコクも超暑くて、さらに一人だからだと思うけど。
すんなり寝つけないというのはワタシの人生で初めての経験なので、戸惑っている。
昼間用事がなければ昼寝もできるし、いいけどね。。
今日は友人が集めてくれていた文庫本を1日中読んでみた。

結構暇ねえ。。

ところで、シェムリのクリニックでも言われていたことだけど
こないだエコーで改めて、、子供の頭がデカイラシイ。。
頭だけ成長が2週間ほど早いとのこと。
まあ、DMは頭が大きいので多分遺伝、、だと思われ
他に異常はないようだけど..
でもワタシの骨盤のサイズと併せてみて、頭が大きいと帝王切開になるとのこと。
ワタシを逆子で帝王切開で産んだ母親いわく、「危険が少しでも在るなら切りなさい」
タイでは帝王切開は結構多く、普通分娩できる人も切って産むことがあるんだってさ。
理由は陣痛に耐えられない、占いから曜日や時間を決めて産みたい、などの理由。

来週の検査で詳しく大きさなど調べてもらって、判断ですな。
6日がDMの誕生日なのであわせて産んでもいいけど、、なんて。
なんでもいいけど、無事に産まれてほしいわ。

妊娠出産ってあっという間だと思ってたけど、
自分の10ヶ月はほんと長い、ということに改めて気づく。

20130316

130316

予定日まで1ヶ月を切った今日この頃。
ほんとに一番しんどい時期だわ。重すぎるし、からだのあちこちがきしんでる。

で。来週のバンコク行きに備えて、初めてタイのビザ取ってみた。
日本人は基本ノービザだし、ビザ要るほどそんな長期に滞在したことは無かったので。

3ヶ月有効の観光ビザ。
右上に有るように定価40$ですが、
タイ大使館のあるプノンペンまで、シェムリから離れている為、旅行会社で代行取得をしてもらいます→50$。行く時間と手間を考えれば妥当。
でもまたビザで1ページ使われた、、もったいない。増補したけどさ、来年の春までしか期限も無いけど、ページ数は大事。

てことであとは行くだけ、です。
このお腹だと飛行機は乗れないし(乗る気もなかったがw)、
REP~BKKの直通バスという超便利なものが先日開通したばかりだし、
(国境で乗換えが無いというのは素晴らしい)、地面這って行って来ます。

20130306

130306

約6日間の無計画停電がやっと終わった昨夜から、断水。
まじうんざり。。

無計画停電 →
タイからの電気の送電線に、トレーラーが突っ込み、10本ほどなぎ倒す。
運転手は無事逃亡、残されたのはシェムリアップのほぼ全域に及ぶ大停電。
日常生活はもちろんのこと、観光客も予定早めて出国したり、
夜も暗いので出歩かない為、店の売上は大打撃。。

断水 →
数日前から店の前一帯で新しい上水道の管を埋めてた。(管ってプラスチックのPVCだけど)
それが終わったおとといの夕方、その工事してた道路が突然陥没、
外人観光客が3人ほど穴に落ちる、水が噴出す。。(近隣の数箇所で同じ現象が発生)
ものすごい欠陥工事。しかも漏れた場所が特定できない模様。
水道のおおもとが止められる。うちはストックしてた屋上のタンクの水が切れた時点で断水。
復旧の目処いまだ立たず、今友人のアパートでシャワー借りたとこ。

子供は9ヶ月目に入って、ますます重く、
背中はしびれるように痛いし、
なんか食べると喉まで上がってきて苦しいし、
もうやだー、早く出てきて欲しい。

若干うんざりなシェムリアップライフの今です。

20130213

130213

胎児認知の手続きが完了した!

とりあえず出産前の最大の課題はクリアした。。
ラオ人の身分確認が、パスポート原本で出来た、
っていうのが今回の最大のポイントだったと思う。

必要だったもの

1、認知届 1通(札幌所役所のHPからはダウンロードが出来る!)

※役所ってどこも一緒のサービスなんだと思っていたら、全く違うことを知った。
HPでの各種書類の書き方や、見本などすごく丁寧なところと、簡単にしかかいてないとこ。
札幌市のようなDLサービスは嬉しい限り。
しかもそのアドバイスをくれたのは品川区役所の担当者の方。感謝。
無かったら400キロ近く離れた大使館まで取りに行かなきゃ行けなかった。。

2、DMのパスポート原本+日本語翻訳

※EMSで日本に送付、母親に区役所へ届けてもらった。
翻訳はワタシがやってサインでOK。

3、区役所の担当者の方の誠意とやる気

※最初ラオの出生証明とか国籍証明とか言われて、実際ラオ大使館にも
DMの村にも問い合わせした。やっぱりラチがあかなそうで、そう答えたら
役所の人は日本で色々調べてくれたんだと思う。

以上、

ということで、あとは無事産まれてくることですな。。

20130204

130204

先月末。子供産まれたら当分動けないと思い、お店用の生地やスカーフなどをまとめて買付、ラオ行ってきた。

カンボジアに暮らして2年が経ち、その間にタイもよく行くことになり、改めてラオに着くとその閑散さに、なんだか呆然とすることがある。
だいじょぶか、ラオス、っていう。。
いやきっと大丈夫なんだろうけど。

カンボジアの、このまさに今延びようとしている(毎年の経済成長率は戦後のあの日本以上らしい)カオスとお金とたくさんの人、町の熱。
タイの若干だれてきた感はあるがそれでも東南アジア1,2の発展国。

ラオス。写真の凱旋門いわばラオの中心地。オフィス官庁街のど真ん中の昼下がりの光景。およよ。
ASEAN会議などで道路整備なんかは、確かにこの数年でだいぶされている感はあるが。
いかんせん、町に、人に活気が無いというか、のほーんしているというか。でも別に貧しそうなわけじゃなく、高級車率はカンボジアより高そうだし、なんでお金あんの?っていう。

だからって何が言いたいわけじゃないんだけど。
ほんとに同じ陸続きでこんなにも違うって思うところなので、書いてみた。
ワタシたちが、ラオに帰り、自分の仕事をしたり、やりたいことが出来る日は
当分先になるんだろうな、と。なんとなく切なく思う今日この頃。

でも今カンボジアのこの場所でやりたいことが出来ている環境に、とても感謝して
これからもがんばろうと思う。

お腹の子供は8ヶ月になり、
唯一心配してた逆子だったのが今日の検診で戻っていてひと安心し、
ワタシの方も問題なく、元気で、ありがたいことです。






20130111

130111

胎児認知の続編から、カンボジアの外国人子供向けビザのこと。覚書。

父親の身分証明としてのラオス政府「国籍証明書」と「出生証明」は
(今回の場合?)不可能もしくはどのくらい時間が掛かるか不明。
村からは何のことか分からないし、そんなことやったことが無いから分かりません、
とにかくこちらに来てください、と回答。
パスポートの承認を依頼した在カンボジアラオ大使館からも上記同様の回答。

そしてこの返答を持って、日本の本籍役所の方より「パスポート原本でなんとかやってみましょう」
ありがとうございます。。
が、パスポート送ったところでまだ安心はできない。
東京法務局などによる、パスポート原本の真意性、公証性審査があるらしい。
とにかく。認知届と共に日本に送付することに。これでできることを仏様に祈る。

ところで、カンボジアはラオやタイなんかよりもはるかに滞在ビザが簡単に手に入る。
子供に関してももちろん外国人なのでビザが居るわけで。
父母どちらかがカンボジア人の子供で、外国籍の場合は、通称Kビザなるものが発行される。
どうやら無料で永住権、的なものらしい(あまり調べてない)。
とにかくこのKビザはワタシたちの場合対象外。
結局、色々調べた結果。通常、大人(就業ビザ)Eビザ1年285$が、子供の場合25$!お得~。
ということで、これに決定。
何故働けない子供が就業ビザなのかとか、大人と何が違うのかとか、ちょっとした疑問は気にしない気にしない。

次は子供のパスポート取得。申請自体はもちろん生まれてからだけど、
今のうちに胎児認知しておいてから、出生後に出生届を本籍役所に直接送り(大使館経由だと1ヶ月以上かかる)戸籍新編成し、戸籍謄本をタイまで取り寄せ、こんどこそ大使館にてパスポート発行手続き。

一人の人間がこの世に誕生するって言うのは、
もちろんすばらしいことであると同時に、現代社会においてはものすごーいたくさんの人の手間と時間が掛けられるんだなあ、とボソッと思ったりした。
この手間をほとんど掛けていないラオもすごいが。



20121221

121221

胎児認知の話

子供の出生届に父親の名前を入れるべく、「胎児認知」の手続きをやってみようと思っている。

もしかしたら、生まれるまでにできないかもしれないが。
なんせあの国に証明証をもらわなくてはいけないのだから。。仏のみぞ知る。

ワタシ達の場合入籍をしていないので、産まれた子供は非嫡出子(婚外子)となる。
その子の出生届に父親の名前を記載したい場合、認知届が必要になる、なければ空欄。

※母親が日本人なので、日本国籍は出生と同時にもらえる為、逆の場合(日本人父外国人母)より事例が圧倒的に少ないようだ。多くの場合、認知届は子供の日本国籍を得るために行われるらしい。

で、父親は居るんだから、名前は入れてあげたほうがいいと思うので。

1、大使館に問合せたところ、日本人母外国人父の場合の受付はしていないとの返答。(逆はOK)
2、ワタシの本籍地の役所が届け出先になることが判明
3、認知届とDMの国籍証明証&出生証明証を役所へ郵送する。
  ※但し証明証はパスポート代用可能

シンプルな流れに見えて、
ラオスから公的書類を用意する、というとんでもない大事が絡んでくる。
それって入籍した方が早いんでは、、などと思ってしまうが。やって見なければわからん。
パスポートがその代わりになるという文言に光を見出し、出来る限りか努力してみたいと思う。

現在、パスポートがどのようにすれば証明証の代わりに出来るのか、
再度役場に問い合わせ中。

それにしても、ラオスの役所よ。
国民をもって「書類が欲しければたくさんのサインが必要で、その彼らはお金が欲しいからどれだけ掛かるか分からないよ」と、ふつーに言わせてしまう。情けないやら悲しいやら。

20121219

121217

シェムリアップの出産事情について。

このボード、何の数字。

妊婦213人が今朝6時から診察を待っていて、47人が今日明日にも産まれる予定で病室(大部屋)に待機中。

これはクンタ(カンタ)・ボパ病院という妊産婦専門の病院の12月のある日。

シェムリアップの病院だけで、これだけの子供が毎日毎日産まれてるわけだから、今人口の7割が30歳代以下と言われているこの国の未来は明るいと思うわ、少子化の一途をたどる国々よりは。

このカンタ・ボパ病院。スイスとフランスが作った病院らしい(カルテは全部仏語)。
すごいのは、外国人含め、どんな妊婦も無料で検診、出産までできるのだ。しかも遠い村などから来る貧しい人には交通費も支給される(らしい)。
ちなみに出産後、だんなさんは病院に献血することが必須らしい。

清潔かと言われれば、、日本やタイの私立病院を基準にしたら、恐ろしくて行けないので
そういうことは考えないことにしている。
採血の針だけは新品を使い捨ててるのをしっかり確認した。

ボードの通り、連日大混雑もいいとこで。
朝5時に受け付けカード(番号)もらいに行って、数時間並ばなきゃ診療してもらえない。当然、コネや賄賂で番号優先してもらったりする人も。
友人(カンボジア人)が10月にここで出産したのだが。
右の数字の人たちは大部屋にみんな寝ている、陣痛やらなにやらですごい騒ぎらしい。
そして介護してくれるシスター(と呼ぶ)もコネと賄賂がないと面倒見てくれない。
彼女いわく「ワタシはコネがあるから、あなたもここで大丈夫よ、紹介するから」
う、うん。考えてみるよ。。

で、産んで数時間で家に帰らされる。ぎょえー。
しかもワタシは見てしまった。
検査待ちで並んでるとき、一人の女性がだんなとおぼしき人に抱えられ、よろよろで病室?から出てきた。その後ろには彼女のお母さんらしき人が新生児を抱いて荷物持って着いて来る。
並んでた妊婦たちは「おめでとう~」みたいな感じなのだが。。
歩けない程ぼろぼろの人はとにかく休まないで良いんでしょうか。。
そして問題はその女性の服装。私服のワンピースなのだが、明らかに腰から裾にかけて血がにじんで、足元の靴下+ビーサンは血まみれ。
あくまでワタシの想像だけど、産後の出血などの処理をきちんとしないで(垂れ流し)そのまま出されてるんじゃないかと。。
無理、絶対無理だわ、そんなの。

それでも噂によると、数人の日本人が過去すでにここで出産しているらしいのだから、根性、度胸あるなあと思う。

他にもクリニックと呼ばれる町の診療所がいくつもあるけれど(エコーで7$くらい)、
基本的に現地人はカンタボパで産んでる。
外国人は、、自国に帰る人、タイで産む人が9割くらいなんじゃないかなあ、周りに聞いた感じでは。












20121214

121214


届かない手紙

シェムリアップでは、EMS以外の普通郵便は、
私書箱以外、ほぼ100%手元に届かないと言っていいと思う。
「住所」といっても、郵便物の個別配達制度が無いこの国。ワタシは手紙は、街角ポストから家のポストが常識だと思っていたけど、どうやら違ったらしい。

とりあえず「シェムリアップ」と書かれたものはこの町の郵便局に集まり、写真→ な感じで、郵便局の片隅の箱の中に放り込まれるだけ。たまに自らチェックしに行かないと、不定期に捨てられて、はい終わり。

ワタシも日本からの手紙が何回か届かなかった。

それを避けるためにはどうしたら?
EMSがまず確実、これがなくなったという話は聞いたことが無い。但し、高額この上ない。
今回の総選挙の在外投票でやってしまったように、たった30gの封筒が22$!もかかる。
22$といえば、現地人平均月収の約1/4を占める。。無理。

その他は、郵便局員に聞いたところ、「電話番号が記載されていれば電話かける」というのだ。半信半疑なので、今度実験してみようかと思うけど、そんなことに付き合ってくれる暇な友人はいるのだろうかw

ちなみにこの写真を撮った12月上旬現在、この箱の中は7月くらいからの郵便物が溜まっていた。なんか、世界中からのいろんな絵葉書とかあったりして、ちょっと切ないボックスだった。


20121205

121205

                   ちょっと不思議なラオス大使館のこと



最近DMがプノンペンにあるラオ大使館に何度か問い合わせをしている。

「在留届、、、出したいんですけど?」
 → 仕事で来てるの?ビザあるの?
「はい。」
 → じゃあ、ぼーぺんにゃん。

おい、自国民が外国にどれだけ居るって把握しなくていいのか、、有事の際どうすんねん。

「パスポート更新したいんだけど、、」
→ そう、ラオに帰って。ビエンチャンで出来ます。

マジ?その為だけに帰んなきゃだめ、、?

「外国人との結婚の手続きってカンボジアでできますか?」
→ 出来ません。まず本人が村に帰って、村長さん許可の後、ビエンチャンの外務省と警察で許可もらって。必要書類は、ここではわからないからとにかく帰ってください。

なんか10何種類ある書類が必要サインを取って回るのに、相当お金(賄賂)かかるとか
いろいろ大変らしいのだが、、こりゃ結局自分でやってみなきゃだめだな。。

「子供産まれたら手続きはどうすれば?ラオス国籍は取れますか?」
→ 親のどちらかがラオス人なら大丈夫、ぼーぺんにゃん。

ほんまかいな。。
日本なら産まれて3ヶ月以内に届出とかいろいろあるんだけど、、
しかも父親の国籍ってあんまり関係ないんじゃないのかな。。母親なら分かるけど。

うーん。不思議というか、なんというか。
答えがないんですよね。何かしようする、ルールというか、きちんとした流れが
多分法律としてはあるんだろうけど、結局末端まで徹底されてないのか、
周知されてないというのか。守られていないだけなのか、その全てなのか。

不思議な国のお話、、
で、済めばいいんだけど。実際DM、ワタシ、さらには我が子の
結構重要な話になるので、どうなることやら。

と、思っているのはワタシだけで、DMは大使館と同じ反応。
「とにかく来年ちょっと村に行けばいいんだよ、ぼーぺんにゃん。」

ふう。
まあとにかく日本側で子供の戸籍と国籍だけはしてくれるのでとりあえずは大丈夫。
タイで産むのでタイ国籍も申請すればもらえるし。
この件、全くの勘違いでした、
「タイでは血統主義といって両親どちらかがタイ国籍でない限り
(特別な場合を除き)国籍はもらえません」

いわゆる書類上の結婚(入籍)は、今のとこ私たちには意味がない。
ラオスに住む上でのメリットがない。ましてや住んでないし。
配偶者ビザも出なければ(法律上はあるらしいが取得が相当難しいという、なんでか知らんが)
もちろん社会保険もない。
ちなみに外国(日本)で先に入籍手続きをしてしまうと、ラオでの手続きが出来なくなるって。

そんなこんなで、まだこの手続きもろもろには、続編があると思われるが
今現在の状況はこんな感じ。。